2011年08月28日

花火大会

夏の風物詩、「花火大会」が各地で催され、大震災の被災地へ向けた花火が打ち上げられた。復興への願いが込められていることだろう。被災された方が招待された花火大会では「亡くなった人たちに祈りながら見ていた。とても華やかで勇気をもらえた。」と話された方がおりました。
花火は見る人に勇気や感動を与えるものです。自粛せずに上げてもらいたいですね。

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posted by サンガこども園 at 18:50| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月25日

飛んで火に入る夏の虫

 昆虫は光の向きに対して一定の角度を保って飛ぶ性質があるそうです。月や星などの自然の薄明りは、地球に届く光の向きは同じなので、昆虫が飛んでいてもあまり影響を受けません。
 では、人工の光はどうでしょう。光は光源から放射状に広がります。その放射状に広がる光に対して昆虫が一定の角度を保って飛ぶとどうなるでしょうか。飛ぶほどに角度が変化し、渦を巻き、最終的には光源に到達してしまいます。昆虫にとって光は何か得るものがあって向うのではないのですね。「飛んで火に入る・・」という諺、現代科学で解明すると違った意味合いになります。
posted by サンガこども園 at 15:20| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月27日

絵本について思うこと・・

○ 子どもが絵本について記憶しているのは、その絵本を大人が読んでくれたこと、絵本に親しんだその時間が自分にとって最高の時間だったからです。

○ 子どもは、絵本に描かれている絵も言葉としてとらえます。大人は言葉を読んでいますが、子どもは絵を読んでいるのです。

○ 時間や愛情や楽しみなど、人間にとって大切なものはどれも言葉によって明らかにすることができます。ですから言葉で表現すること、表現する手段を大人から伝承されることは大切なのです。

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posted by サンガこども園 at 11:28| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月22日

一歩一歩進まなければならない・・

 季節は着実に春の色を深めています。地震や津波で大切な人たちを奪われ、住み慣れた土地からの避難を余儀なくされた人たちにとって「3・11」は時間が止まってしまったような思いが続いていると思う。津波で行方が分からなくなっている人は依然多い。悪夢であったなら夢から覚めるときは必ず来るはずです。しかし、悔しいがこれは現実なのだ。背負った悲しみと怒りはあまりにも大きいが一歩一歩進まなければならない。

posted by サンガこども園 at 10:03| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月29日

他人に害を及ぼすかもしれない・・

 私は犬や猫と暮らしたことがありません。動物が嫌いというわけではないのですが、ご近所への迷惑や糞尿の始末を考えると飼うことをためらってしまうからです。
 公園や道路に犬のフンをそのままにしてあるのを多く見かけます。迷惑であるのは勿論ですが、衛生上非常に問題であると考えていただきたい。これはマナー以前の問題で、他人に害を及ぼすかも知れないのです。
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2011年02月24日

自民党政権の残したウミ・・・

 一年がかけ足で過ぎ去っていきます。「いろはにおえど・・」とある「いろ」とは花のこと、花は散る運命にあります。春は桜、梅、桃をはじめとした花が咲き乱れますが、すべて散ってしまいます。世の中の出来事も「・・つねならん」です。どんな世の中でも政治は国民に将来の不安を取り除く役目があります。今は医療、社会保障、雇用・・・どれを見ても不安だらけ・・自民党政権の残したウミは多い。

posted by サンガこども園 at 14:45| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月29日

寒三十日(かんみそか)

「寒三十日(かんみそか)」という言葉があります。寒の入りから節分までの約30日間を指すそうです。寒さが最も厳しい時期です。昔から日本人にとって自然は対立し屈服させるのではなく、自然とともに生きていく、という考えが強かったようです。寒さが来れば寒さを素直に受け入れて生きて行けばよいのだと思います。
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posted by サンガこども園 at 09:31| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月19日

混んでいる

 「混んでいる」という人をせかすということがなくなるだけで、心に大きな余裕が生まれます。人とのコミュニケーションがスムーズになり、上手にできるようになるものです。
 毎年今頃に発表される高校、大学卒業予定者の就職内定率、求人との「ミスマッチ」を解消させれば何も「混んで」いるわけではないはず。進学、就職に限らず現代社会は子どものころからあわただしく生きているような感じがします。それはきっと大人の世界が子どもにそのようにように仕向けているからかもしれません。
 ちょっとここらで大人が深呼吸して、子どもたちの未来をしっかり見据えた方が良いかもしれません。
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posted by サンガこども園 at 20:53| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

言葉と多様な価値観

 外国人にとって日本語は漢字、ひらがな、カタカナの三つあって難しい言語だと思う。日本人でもすべてを使いこなすのは大変である。だからいっそ一つにしようという意見が時々現れる。かつて明治政府がすべてをローマ字表記にしようと真剣に議論したことがあったという。
 現代ではコンピューターの普及とグローバル化に合わせて、英語を公用語にした企業が現れた。日本語を国際語にできないのなら、日本人が英語をしゃべろう―と言われても、技術進歩で苦労が増えるのは納得できない。数多くある世界の言語をたった一つに集約するのは進歩ではない。合理的にはなるが、危険も飛躍的に増大する。コンピューターの世界でいえば、たった一つのウイルスが全世界を止める可能性もでてくる。本当の豊かさとは多様な価値観を互いに認め合える社会にこそあると思う。
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posted by サンガこども園 at 00:41| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月27日

アリとキリギリス

 「イソップ物語」の結末が日本と海外では違うそうだ。冬になって、おなかがすいたキリギリスがアリのところにやって来て「食べ物を分けてくれ」と頼む。この後、海外の本ではほとんどがアリは「なぜ夏の間に働いて食べ物を蓄えなかったのか」とキリギリスに言い、食べ物を与えない。ところが日本では、「アリは食べ物を恵んでキリギリスは涙を流して喜びました」と変わってしまった。この「困っている人には情けを」は日本人として誇れる心ではないだろうか。企業に余力があるにもかかわらず派遣切りやリストラで解雇されている人たちは、キリギリスではなくアリのように一生懸命働いてきた人たちだ。イソップの結末を変えた日本人の「思いやりの気持ち」はどうしてしまったのだろうか?

posted by サンガこども園 at 00:27| 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする